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矢印 2002年へ
さて、今日は同期の舞妓のお話どす。
あんたとうちとは同期の舞妓 同じ祗園町の庭に咲く〜

前にも書かして貰うたて思いますけど、舞妓ちゃんは年齢に関係のう、店出しがたとえ1日でも早い方がお姉さん(先輩)てなって、この序列は死ぬまで変わらしまへんのどす。けど、同じ年に店出しした妓は、いわゆる同期として先輩とか後輩とかとはちょっと違う親近感を持っとります。昔から○人組とか云われた仲良しグループは大概、この同期の仲間なんどす。年いってからでも、年にいっぺんは集まって旅行したはるお姉さん方もいたはります。そんときは、花街を去った同期も一緒に集まるんどすて。

またあるお姉さんは、「屋形のお母さんとか、自分のお姉さんが亡くならはったときも悲しおしたけど、同期の○△はんが亡くなったときは、ほんまに辛おした。いつも一緒どしたさかいにねぇ、おっしょはんに叱られたときに慰め合うたり、お稽古場では、お互いあの妓には負けとうないて気張ってお稽古したもんどす。男はんの世界で云うたら『戦友』みたいなもんどっしゃろか」て、しんみりと云うたはりました。

けど、最近は舞妓の数がめっきり減って来たんで、中には同期が一人もいてへんちゅう妓も出てきます。そんな妓に聞いてみたら、
「うちだけ同期の妓ぉがいてへんのんは、やっぱりさみしおす」
て云うたはります。お稽古場とか、舞台ではお互いにライバルなんどすけど、普段なんかは、ほんに仲のええお友達。
「なぁ△□ちゃん。お昼何食べたい?」
「せやなぁ、今日もお稽古でおなかへったし、盛京亭はんで八宝菜に酢豚と焼飯。あとビール飲まへん?」
「ええなぁ、けどうちすぐに顔に出るさかいに分かってしまうわ」
「かまへんて、ちょっとぐらいやったら分からへんて」

こないなこと、先輩や後輩とは話しでけしまへん。一緒に買い物行ったり、お好み焼き食べたり、たまにはいけずなお姉さん、好かんお客はんの悪口も(笑)そんな気のおけん同期がいてへん妓は、やっぱしちょっとかわいそどすなぁ。

「○×ちゃん、なんやおとなしいな、誰ぞ他に呼んだげよか」
「ほんまどすか、ほな△□ちゃん、△□ちゃん呼んどぉくれやす!うちと同期なんどす。」
「なんや、また舞妓ちゃんかいな、まぁええわ呼んだげよか」
「ひゃあおおきに、ほなお母はん、すんまへんけど△□ちゃんたんねとぉくれやす」

しばらくしてやって来ると、二人できゃっきゃと賑やかなこと。さっきとは顔つきが違うとります。

「ちょっと、あんたらなんえ、せっかく呼んでくれはったお客はん、放っといたらあきまへんがな」
「すんまへん、お母はん」ちゅう声もハイテンションで、しばらくは相手してくれたかて思うたらすぐに元通り。

こっちも諦めて、おかん相手に話ししとります
「久しぶりに、天麩羅でも食べに行こか」
「○×川はんどすか?そない云うたら長いこと行ってぇしまへんなぁ。ほないつにしまひょ?」
すると今まできゃっきゃと騒いでた妓が振り向いて
「え、天麩羅どすかぁ、うち大好きどすねん。なぁ、△□ちゃんも好きやんなぁ」
「へぇ、うちも大好きどす。おいもさんにあなごさん、それとかき揚げ。あ、よだれ出て来た(笑)一緒に連れっとぉくれやすぅ」

食べもんの話だけはしっかりと聞こえてるみたいどす。

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このコンテンツは祇園藤村屋が過去に発行したメルマガ祇園藤村屋電子瓦版の記事を再構成したものです